パルムフェンス キャンペーン

D&D3.5 オリジナルキャンペーン資料

第6話マスター・シーン「The Designs for Devil (悪魔の企み)」

■ヴェラダインの風景

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月を黒い水面に移しながら、小石を洗うような波の音が絶え間なく響いている。
開いたドアから潮風を受けて、赤ら顔の男たちが、だみ声で議論をしている。興奮して身体を揺さぶるたびに、ジョッキの安ビールが踊る。
今日は吟遊詩人の美声も酒場の喧騒に勝てなかった。定番の英雄物語を音符に乗せても彼らの不満を払拭できなかった。
 
「金をよこせだぁ?評議員の業突く張りどもめ!」
ガストンという名のこの男は、漁師仲間たちから、短気と声の大きさで知られている。
「税金だってさ、ガストン。役立たずのあいつらったら、今までも散々あたしらから奪っておいて、まーだふんだくる気なんだよ!」
マギーは首もとの脂肪をぷるぷるさせながら憤った。
「……仕方なんねぇな。海賊どもに脅えなくて済んだんだ。安心して海に出られるべ?」
マギーの夫、イワシ取りの名人で知られるビルは、酒をくっと煽りながら、珍しく常識的なことを口にした。
「あんたの言うとおりだけどね。今までロクに海に出られなくて、やっと漁ができるようになったとこだよ?蓄えなんてあるわけないじゃない?それとも、その酒を取り上げてほしい?」
マギーの口撃にビルは首をすくめてみせた。ビルに助けを求めたが、彼は忌々しげな様子を隠す風でもなく、酒でそれを紛らわせていた。
 
■見知らぬ場所で

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ハッキリとした父の記憶は無かった。いつも忙しそうにしていたし、それはまるで自棄になっているかのような、意固地で必死な姿にも見えた。……怖かったのだ。
父もまた明らかに自分を避けていた。
 
心の支えであった母。ほんのりとした記憶しかないが、だからこそ自分の中で母の記憶を大切にし、おそらく誇大させてもいただろう。
なぜか母は屋敷ではなく、離れの小屋に住んでいた。
 
フェルディナン少年は寂しくなると、いつも離れの小屋に母のぬくもりを捜しに行っていた。遅くなり、使用人たちが慌ててフェルディナンを探す声が聞こえる。もっと夢をみていたいのに。
彼をいつも優しく起こすのはハンスだった。フェルディナンがどこにいても何をしていてもお見通しのようだった。兄のようであり、師でもあり、保護者でもあった。
 
父亡き後を継ぎ、商人としての手腕、評議員としての役割は、決してなだらかな道ではなかった。人には言えないこともしてきた。それを当然だと思えるほどに。
それでも周りすべてが敵の中、ハンスだけは味方だった。
 
二十年来の友に、フェルディナンは激しい感情をぶつけた。
「なぜだ!ハンス!!」
安っぽい質問だが、彼の心情を表す一つの言葉でもある。
 
ハンスは黙って答えない。いつも通りの涼しげな表情だ。フェルディナンの無茶を許すときの、いつもの優しげな顔だった。
それがフェルディナンを混乱させたが、事実を見失わないだけの冷静さは保てた。ハンスは裏切り者なのだ!
 
今にも噛み付きそうなフェルディナンに圧されたのか、彼の強情さを知っているからか、ハンスは小さいため息を吐いてから答えた。
「いいえ。私は初めから誰も裏切っておりませんよ。」
フェルディナンの混乱する表情を楽しんでから続ける。
「私の本当の主はあなたではないのです。私は初めからファブスター家の正当な後継者に仕えております。
それに……いずれはあなたにもお仕えすることになるのです。あなたはファブスター家の偉大な遺産を受け継ぐのですから。このことはすでに100年前から……。」
 
『しゃべり過ぎだぞ!』
狭い部屋に恐ろしい声が響き、地獄の底を思わせた。ろうそくの明かりが揺れ、光量が落ちる。
「マスター。」
ハンスは膝をつき、最敬礼してみせた。
 
フェルディナンは目を見張った。混乱の局地だった。そこには人の形を模した異形の存在がいた。